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2004年9月10日 金曜日

「今、僕は語ろうと思う。
もちろん問題は何ひとつ解決してはいないし、語り終えた時点でもあるいは事態は全く同じということになるかもしれない。結局のところ、文章を書くことは自己療養の手段ではなく、自己療養へのささやかな試みにしか過ぎないからだ。」
        村上春樹「風の歌を聴け」より

数多くの小説をこの世に送り出している彼のデビュー作の冒頭の言葉だ。
人が自分で何かを思いつき、行動に移そうとする時、それはもしかすると「自己療養への試み」なのかもしれない、と思った。私たちの心は病んでいる、なぜなら現代社会そのものが病んでいるからだ。そして病んだ世界の中で病んだ心が、それでも何処かに潜んでいる真実のコトを捜し求めようとする、あるいは捜し求めようとする心を押し殺して無駄で無意味なことをやり続ける、どちらかで日々生きて行っているような気がする。でも、どちらにせよ、「自己療養」を求めているには違いない。そう考えると、もしかすると自分が考えることや自分が発する言葉も全て「自己療養の手段」なのかもしれない。いかにも相手の為に(相手に向けて)しゃべっていることばも実は今の自分に一番必要な言葉だったり、何でこんなこと思っちゃうのという思いこそが真実の叫び声だったりするのかも。
そこで、私は自分に言い聞かせる、「自己療養の試み」が逆に自分を病気にしていかないように、いつもどんなときもおおらかであり深い呼吸をしていよう、と。それがたとえ「ささやかな試み」であってもいつも自分に正直でいよう、と。そして、その「試み」が成功しても失敗してもいつも幸せでいよう、と。